飯塚市議会議員「えぐち徹」のつれづれ日記

飯塚市議会議員えぐち徹の足跡です。

【震災から5年目の東北へ。被災地視察・応援ツアー行ってきました!】相馬兵糧蔵編


何回かお伝えしたチーム飯塚の被災地視察・応援ツアー(スタディツアー)の一員として7月29・30日の一泊二日で東北へ行ってきました!

29日の金曜日午前の便で福岡空港をたち、仙台空港へ。レンタカーを借りた後、相馬市へ向かいました。相馬市では、飯塚市から派遣されている職員の方と合流。また相馬観光復興案内処の方2名にご案内頂き、市内各所を見せて頂きました。


最初にお伺いしたのは、相馬市防災備蓄倉庫「相馬兵糧蔵(ひょうろうぐら)」。
この兵糧蔵は、震災の体験を活かし、非常時の際に市民が生きていけるようにと造られました。
相馬市役所からはおおよそ10分ちょっと走ったところに造られています。
敷地面積で4千平米弱。備蓄倉庫の延べ床面積は約千平米で、先日視察でお伺いした高槻市の古曽部防災公園内の防災倉庫よりかなり大規模です。(もっとも使い方が違います。)


この相馬兵糧蔵には、名前の通り水や米などが備蓄されており、約1万人が3日過ごすために必要な分が蓄えられています。品目も多彩で、水や米はもちろん、煮込みハンバーグや鯖煮などのレトルト食品や缶詰のパンなどの食料品以外にも、炊飯器や冷蔵庫、毛布やこたつ、ストーブなどの生活を支える物資、更には簡易トイレや大型の炊事道具に至るまで様々な物資が蓄えられています。
倉庫は電動式でまた高い所にまで物資が積み上げられているので、小型のフォークリフトもありました。




また、倉庫の壁の上部には東日本大震災の時に支援物資を提供してくれた自治体や、職員を派遣してくれた自治体(飯塚市の名前もありました!)の名前がパネルに掲げられている他、災害時応援協定を結んでいる自治体のパネルもありました。


この兵糧蔵には、備蓄倉庫だけではなく会議室もあり、非常時にはパーティションで仕切り20名近くの方が宿泊できるそうです。その会議室は、地域の交流や研修に利用されていると言うことでした。また会議室には、大震災の際に殉職された消防団員10名の写真も飾ってあります。

同じ敷地内には、彼らの功績や津波の被害を後世に伝える碑文を記した顕彰碑も建立されています。

また、非常時のためのヘリポートがある他、備蓄されている物資を運ぶための大型トラックも配置されており、この倉庫からは、先の熊本地震の際にも物資を送ったというお話も聞かせて頂きました。

非常時の際の食糧等をどう確保するかについては、「流通在庫」と言って、民間の商業ベースで動いている商品を備蓄品として捉える考えもありますが、それだけに頼っていては市民は守れない。最低必要な品物は自前で確保しているというのが、この相馬の取組です。

飯塚市は、流通在庫にその多くを頼っており、それで良いのか、改めて考える機会となりました。

また、続きは別の機会に報告したいと思います。